〈伊藤哲司の自著紹介〉

 このページでは伊藤哲司の単著・共編著を紹介していきます。なお分担執筆で出版したものは含まれていません。

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 2005年9月17日に兵庫県の白陵中学校・高等学校の文化祭で「平和」をテーマに講演をさせていただきました。私にとって初めてのこのブックレットは、そのときの講演録をまとめなおしたものです。講演を聞いてくれた3人の高校生の声も含めました。これがささやかにでも非暴力の発想が広がるきっかけになればと願っています。娘と2人の姪っ子が描いてくれた絵が、賑やかに表紙を飾っています。

伊藤哲司著 『非暴力で世界に関わる方法 心理学者は問いかける』 北大路ブックレット(北大路書房) 2006年4月 700円

  でも、そういった難しい問題があるとしても、非暴力の実践というものは、身近なところから誰にでも始めることができると私は考えています。まずは、身近な人に手をあげない、手をあげるということは、こう、ゴツッとやることですね。たとえば子育てをするときに「子どもはたたいてでもしつけよ」という話がありますけれども、子どもをたたかないということから始めることが大事かなあ、と私は思います。一足飛びに非暴力の話を、国家のレベルから実践しようと思ったら大変ですし、さすがにそれはすぐに実現するはずもないのですが、まずは身近なところから始めてみたらどうでしょうか。
 暴力を止めるのに一番いいのは、その手段を放棄するということです。たとえば子どもに手をあげる、という手段を私は実は放棄しています。放棄していますといったって手はあるんだけれども、これを自分の子どもにゴツッとやるという手段は最初からないと思っていまして、それでこれまで子育てをしてきています。私の九歳と四歳の子どもたちに聞いてもらってもいいですが、本当に手をあげていません。手段がなければそれを使おうという選択肢そのものがなくなるわけです。それでもちゃんとそれなりに我が子たちは育っていると思います。手をあげない子育ては可能なんです。
 これが実は、「戦力を保持しない」と明記された憲法第九条のもともとの精神なんでしょう。戦争をしないと言っているだけでなく、そのための手段となる「戦力」を持たないと宣言しているのですから。だけど現状でも日本は自衛隊という軍隊に準ずる組織を、しかも膨大な費用をかけて維持しています。そんなのがあれば、やっぱりそれをどうしても使いたくなります。子どもにゲームを買い与えておいて、「ゲームで遊ぶな」というのは無理な相談ですね。手段があれば使いたくなるのが、人の心理というものです。子どもに手をあげるという手段を保持していれば、やはり何かのはずみにバシンとやってしまうのです。(本文27〜28ページ)


〈目次〉
はじめに
もしウルトラマンがバクダットに現れたら 「正義」をめぐって
私たちの住むこの日本社会で 憲法「改正」の気分
軍隊は私たちを守ってくれるのか?
平和を求める志向 広島の記憶、ホロコーストの記憶、ベトナムの記憶
身近なところから始める非暴力の実践 「対話」の重要性と面白さ

講演を聞いて考えたこと
  平和という建前(田中里菜)
  非暴力の実践に必要なこと(辻悠一)
  科学か、《直感》か(岩村宗千代)

おわりに


 日本人・韓国人・中国人・ベトナム人の59人で書いた、4つのアジア映画を巡っての「文化の愉しみ方」についての本です。執筆者は実に多彩(日本人がやっぱり多いのだけど)。9歳の小学4年生(実は私の娘)から67歳まで、職業もそれぞれ様々な人の声が重なり、ときに共鳴しあい、ときに不協和音を引き起こし、それでもそこから見えてくる「わからなさ」をも共有していこうというのが、本書の狙いです。
 日中関係や日韓関係がギクシャクするなか、まっこうから歴史認識問題を議論してもいいのでしょうけど、それはちょっとシンドイ……。でも映画を一緒に観てそれで対話をするというのは気楽だし、でもそれでいて人生が描かれた映画を対象とするのですから、けっして浅い話にはならないのです。共編者の山本登志哉さんらと作ってきた「円卓」と称するネットワークの、最初の大きな成果となりました。


山本登志哉・伊藤哲司編著 『アジア映画をアジアの人々と愉しむ―円卓シネマが紡ぎだす新しい対話の世界―』 北大路書房 2005年9月


〈目次〉
はじめに
  いま、アジア映画ということ
  円卓メーリングリストとは
  円卓映画研究会とは
  執筆参加者紹介
  執筆参加者の生まれたところ
  4カ国語挨拶ことば・映画タイトル対応表(※)
  4カ国対応文化史年表(※)
  本編を読んでいただくために
  やってみよう
   (1)基本編
   (2)応用編T――高校
   (3)応用編U――大学
   (4)応用編V――その他

第1章 Shall we ダンス?
  この映画の背景(※)
  この映画のあらすじ
  掲示板ディスカッション(※)
  私はこう観る
    閉塞した日常に潤いの映画
    日本的な「美」に触れて
    日本人の妻がとった行動への違和感
    恋する父と母へ、娘からのラブレター
  4カ国語「Shall we ダンス?」名セリフ集(※)
  まとめ「社交ダンスへの共感、日常感覚への異質感」

第2章 友へ チング
  この映画の背景
  この映画のあらすじ
  掲示板ディスカッション
  私はこう観る
    心の拠り所はどこへ
    チング――熱い友情
    男のダンディズムの女の母性本能
    韓国人のウジョンを描いた映画
  4カ国語「友へ チング」名セリフ集(※)
  まとめ「血より濃い男の友情物語」

第3章 あの子を探して
  この映画の背景
  この映画のあらすじ
  掲示板ディスカッション
  私はこう観る
    ベトナムと似ている!
    一生懸命な中国人女性のリアルな物語
   「先生」と生徒の物語
    人間の心はやはり温かい
  4カ国語「あの子を探して」名セリフ集(※)
  まとめ「強烈な違和感と感動の狭間で」

第4章 ニャム
  この映画の背景(※)
  この映画のあらすじ(※)
  掲示板ディスカッション(※)
  私はこう観る
    惹きつけられる「わからなさ」
    ベトナム的悲しみ、葛藤、そして希望
    ベトナム映画「ニャム」における文学社会学批判
    感動した。まるで自分の母親の故郷の話し。そして知っている村の話を越えたこと。
  4カ国語「ニャム」名セリフ集(※)
  まとめ「故郷への思い――『ベトナムの心』を理解するために」(※)

第5章 温泉座談会(※)

おわりに(※)

 (※伊藤が主に執筆・編集等に関わった部分。第1章から第4章のそれぞれには「私も一言」というコラムが多数挿入されている)

〈全執筆者〉
阿部一雄・阿部亮子・糸井昌信・伊藤茜・伊藤有子・伊藤哲司・井上哲史・呉宣児・落合公江・小山清美・柏原隆宏・加納真美・金孝卿・金娟鏡・グエン=タィン=ヴァン・グエン=ホン=マイ・高向山・小久保奈緒美・小湊真衣(旧姓鷹取)・小森真幸・佐藤吉人・塩田正美・篠崎昌弘・Zhai宇華・姜英敏・杉山ゆか(仮名)・鈴木千春・関一明・関春野・高橋敦子・竹尾和子・崔順子・崔善玉・張弘順・張渭涛・TOTO(仮名)・TS(仮名)・中川美智子・中野聡子・新野邉深雪・西丸玄・西丸佳子・八須淑美(仮名)・塙敬子・はらだひさこ(仮名)・引地達也・辺貞姫・片成男・文野洋・朴よし子・森下雅子・安田和則・山崎雅美・山本隆久・山本登志哉・山本まきこ(仮名)・李永運・レ=ヴィン=フー・渡辺忠温 (五十音順・計59人)


 私にとって初めての単著であった『常識を疑ってみる心理学―モノの見方のパラダイム変革―』(北樹出版)を4年半ぶりに改訂しました。新しい章を加えつつ4部16章立てを5部15章立てに再編しまし、新しい情報も加えました。内容的にほとんど変えていないところも、文章は全面的に見直してあります。大学の教養科目あたりで使われることを念頭に置いていますが、大学生や高校生が読み物として楽しめるような工夫を施したつもりです。ぜひ手にとってご覧ください。

伊藤哲司著 『改訂版・常識を疑ってみる心理学―「世界」を変える知の冒険―』 北樹出版 2005年4月 2300円

 子どもでも知っているディズニーの「小さな世界(It's a small world)」という歌に、「世界は狭い、世界は同じ、世界は丸い、ただひとつ」という歌詞が出てきます。世界平和を願って歌われている歌のようです。でも本当に「世界」は「狭くて、同じで、丸い」のでしょうか?そして「世界」は「ただひとつ」なのでしょうか?
 私は「世界」というのは、「広くて、多様で、丸いとは限らない」と思っています。そして、私たちそれぞれにとって「世界は同じ」ではなく、ましてや「ただひとつ」でもないと思っています。私の「世界」とあなたの「世界」には、重複もあるでしょうけど、でも同じではありません。それを強引に「ただひとつ」と歌うのはファシズムではないかとすら思うのです。
 「学問とは問うて学ぶこと」と言いましたが、実はそれは「世界を変えていくこと」でもあります。もちろん自分にとっての「世界」という意味であり、21世紀になっても戦火がやまないこの大きな世界を変えるのは、残念ながら難しいのが実情です。でも自分にとっての「世界」なら、自由自在にとまでは言いませんが、けっこう変えられるものなのです。「世界を変える術」、それが「常識を疑ってみる」ということに他なりません。学ぶというのは、知識を一夜漬けで丸暗記して翌日のテストではき出すというようなものではなく、それによって「世界」が変わるというのがその本質です。
 何もすべての常識をひっくり返せと言っているのではないのです。常識にはそれなりに理があることも多く、それを素直に尊重したほうがよいことも多いのです。でもそれが常識の常なる姿ではありません。常識は、私たちの思考を硬直化させ、批判を封じ込めるような力を及ぼしてくることがあります。常識の見極めが必要です。(「はじめに」より)


〈目次〉
はじめに―常識を疑ってみる「知の冒険」への誘い―

1.情報の常識
 1-1.「ためしてガッテン」して大丈夫?
    ―わかるということ、納得するということ―
 1-2.自分はマインド、コントロールされない?
    ―影響されやすい心―
 1-3.噂話や証言は信用してはいけない?
    ―記録や記憶にどう向かいあうか―

2.社会の常識
 2-1.自分は自分で判断している?
    ―マスコミが作り出す社会的現実―
 2-2.男女平等は実現されている?
    ―ジェンダーという視点―
 2-3.日本は単一民族国家?
    ―「日本人」と「非日本人」の境界―

3.国際化の常識
 3-1.英語は国際語?
    ―エスペラントという選択肢―
 3-2.アメリカ人はかっこいい?
    ―無縁ではない偏見・差別―
 3-3.地図は必ず北が上?
    ―描かれた地図から見えること―

4.科学の常識
 4-1.超能力なんてない?
    ―科学者たちが描ききれない世界―
 4-2.占いや宗教はいらない?
    ―私たちの死生観を支えるもの―
 4-3.科学的知識は普遍的?
    フィールドワークの知のあり方―

5.心理学の常識
 5-1.血液型によって性格は異なる?
    ―性格の状況論的捉え方―
 5-2.IQ190は頭がいい?
    ―量的データと質的データ―
 5-3.カウンセリングは心に利く?
    ―「心のノート」が企図するもの―

おわりに―不耕起のススメ―


 心理学および関連領域を専攻している学生・大学院生が、心理学的なスタンスで質的研究(フィールドワークなどの手法を用い、質的データを主に扱う研究)を進めていこうとするための実践を学ぶためのテキストです。当初の構想よりもやや難解な理論的な部分も含まれることになったのですが、本書では「地図を持って街に出よう!」という素朴な営みから研究を立ちあげ、あくまで自らが「動きながら、関わりながら」質的データを収集し、深みのある心理学研究を実践することを強く推奨しています。この分野の方法論およびその実践についてのスタンダードなテキストと見なされるぐらいになってほしいと願っています。学生レポートや卒業論文の実例、実習プログラム例、ベテランの先輩研究者によるコラムなども収容。B5判で262ページでこの値段は「格安」かと思います。なお出版社による紹介ページはここにあります。

伊藤哲司・能智正博・田中共子編著 『動きながら識る、関わりながら考える―心理学における質的研究の実践―』 ナカニシヤ出版 2005年3月 2800円

 時代は確実に変わりつつある。21世紀になってもなお戦火がやまないという悲しむべき世界状況がある一方で、心理学研究はある面でよき時代を迎えつつあると言えよう。簡潔に言えば、従来の枠組みに必ずしもとらわれず、かなり自由な発想で研究ができるようになってきたということである。
 ただし、お手軽な気持ちで心理学研究に携わろうとしてはいけない。それでは結局、何もめぼしい成果は出せないということになってしまうだろう。もはや私たちは、大学の大教室で質問紙をばらまいて、一方的にそれを回収し、パソコンに打ち込んで量的データの統計解析をすることだけで人の「心」がわかったような気になっていてはいけないのである。
 私たちが知りたいと思っている現象が起きているフィールドに身を置いてみること、そこで実際に自ら動きながら関わりを作っていくこと、そしてしっかりと質的データを収集しつつ、場合によってはフィールドに何らかの影響力を発揮していくこと、そういったことが今の心理学研究には求められているのである。
 本書は、そのようなスタンスで何らかの現実に立ち向かい研究することに目覚めた中堅の心理学者たち――「新進気鋭の」と形容したいところだが、現在はもっと勢いのいい若手がすでに台頭しつつある――が、心理学(あるいはその関連領域)を学び始めて間もない人たちに心を込めて贈る「動きながら識る、関わりながら考える」心理学研究のススメである。(「はじめに」より)


〈目次〉
はじめに(伊藤哲司)

序章:地図を持って街に出よう!(伊藤哲司)

第I部 質的研究って何だろう?
  第1章:質的研究はじめの一歩(田中共子)
    日常生活と研究生活
    「素朴な疑問」という出発点
    まずはよく「見る」・よく「聞く」ことから
    思いつきを「試す」ことでわかること
    そこから何をどう「考える」ことになるのか
    結局何が「言える」のか
    質的研究の見取り図
  第2章:質的研究がめざすもの(能智正博)
    ある量的研究の問いかけ
    人文科学の成立と心理学
    質的研究のめざすもの
    心理学における質的研究の展開

第II部 質的データを集めてみよう
  第3章:必要な資料を集める(伊藤哲司)
    資料にあたることの重要性と必要性
    インターネットを活用する
    地域の図書館等を活用する
    専門図書館・専門書店等を活用する
    学術論文等を探し入手する
    入手した資料を読み込む
  第4章:フィールドに関わる(岡本依子)
    フィールドを探す
    フィールド・エントリー
    フィールドを去る
  第5章:五感を使って観察する(伊藤哲司)
    観察とは
    種々の観察法
    観察の実際
    観察の基本に立ち戻って
  第6章:語りに耳を傾ける(呉宣児)
    語りに耳を傾けるとは
    語りの場へ立ち会うさまざまな方法
    語りに耳を傾ける方法
    語りのデータをどう記録するか
    語られた事柄の位置づけ
    「語りに耳を傾ける」意義と限界
  第7章:質的データと量的データを組み合わせる(田中共子)
    統合教育のメリット
    手法の組み合わせ方の例
    研究上の留意点

第III部 データの分析からレポートの作成へ
  第8章:質的データを読む(能智正博)
    「意味」としての質的データ
    質的データの読みの諸側面
    データの読みから本格的な分析へ
  第9章:質的データの分析技法(能智正博・難波淳子・川野健治)
    グラウンデッドセオリー法
    KJ法
    シークエンス分析――ナラティブアナリシスを中心に
  第10章:質的研究の成果を書く(川野健治)
    書く前に考える
    準備状態をチェックする
    書くうえでの工夫
    書いたものを吟味する
  第11章:質的研究の質(能智正博)
    伝統的な評価基準
    質的研究の質を高めるための視点
    質的研究のレポートを評価する
    おわりに
  第12章:質的研究のレポート作成(田中共子)
    レポートの基本
    レポートの実例とコメント

第IV部 質的研究の教育の現場
  第13章:質的研究の実習プログラム(田中共子・伊藤哲司・能智正博)
    実習プログラムの実例:岡山大学
    実習プログラムの実例:茨城大学
    実習プログラムの実例:帝京大学
  第14章:質的研究による卒業論文(伊藤哲司・田中共子・能智正博)
    卒業論文への道程
    卒業論文の実例とコメント:岡山大学@
    卒業論文の実例とコメント:岡山大学A
    卒業論文の実例とコメント:茨城大学
    卒業論文の実例とコメント:東京女子大学

おわりに(伊藤哲司・能智正博・田中共子)
引用文献
索引

コラム:先輩研究者から
  共同的実践の1次モードと2次モード(杉万俊夫)
  フィールドノートと対話への歩み(麻生武)
  現場にいること――北西ケニア・トゥルカナの占いの場面から(作道信介)
  対話的共同研究と「質的研究」(山本登志哉)
  古くて、しかし新しい質的研究(やまだようこ)
  フィールドワークの難しさと醍醐味(箕浦康子)
  日本の臨床心理学にとっての質的研究の意義(下山晴彦)
コラム:学生の声
  質的研究体験からの学び(池田裕美)
  質的研究法の魅力――人との出会いを通じて(吉田薫)
  質的心理学研究一年生(大島透)
  初めての質的研究を振り返って(荻窪彩)
  質的研究から見えてきたもの――日常的なかかわりを通して(須田八重美)


 日本で心理学がどのように応用され展開されているのかをベトナムに紹介するという本を、多くの方々の協力と日本学術振興会の出版助成金を得て出版することができました。2000年12月にこの構想を、ハノイにあるベトナム社会人文科学国家センター心理学研究所からもらって以来、様々な紆余曲折があり、4年以上という予想以上に時間がかかってしまいましたが、何とか成し遂げることができたことを嬉しく思っています。これは日本の心理学研究をベトナムに一方通行的に紹介するというものになっていますが、これをきっかけにあらためて相互交流の芽を育んでいきたいと思っています。
 なお執筆者と内容は、下に紹介している「現代のエスプリ」の特集号「現実に立ち向かう心理学」とかなり重なっています。本書は全編ベトナム語で、日本では入手できません。入手希望は伊藤までご連絡ください。

Vu Dung, Phan Thi Mai Huong, ITO Tetsuji, & YAMAMOTO Toshiya 編著 『Ung Dung Tam Ly Hoc tai Nhat Ban』(日本語タイトル『日本における心理学の応用とその展開』) Hanoi: Nha Xuat Ban Tu Dien Bach Hoa(百科事典出版社) 2005年1月 80000ドン(約560円)


 先に述べたように、本書は日本における心理学研究についてベトナムで出版される最初の本である。ベトナムと日本の心理学研究の交流は、ベトナムの障害児への心理的なサポートの分野における立命館大学の荒木教授らのグループによる業績を除いて、これまでほとんど活発とは言えなかった。私たちは、本書が学術交流の新しい時代を切り開く最初のステップになると信じている。周知のとおりベトナムと日本は、食事をするときにお箸を使うということの他にも、多くの文化的共通点がある。しかし私たちは、相互の文化の差異を過小評価するべきではない。小さな相違が、しばしば大きな誤解を招きうるのである。私たちはゆっくりと着実に、交流を進めていく必要がある。
 伊藤と山本は、「現実に立ち向かう心理学」という、日本の心理学界における研究上のイニシャティブの構築を構想している。日本においては、心理学の専門性に対する社会のニーズは高い。しかしながら、しかし心理学界と社会との繋がりは、多かれ少なかれ臨床心理学の分野に限定されてきた。しかし私たちは、心理学的研究の応用の範囲はもっと広げられるべきであると考える。心理学者たちが、実験室に籠もったりしていないで、現実に立ち向かう時代なのである。私たちの生活を高めるための知識が、「無益」な学問研究に結びつけられることはありえない。(「おわりに」より:原語はベトナム語)


〈目次〉

Loi gioi thieu (はじめに)(Vu Dung @ 社会人文科学国家センター心理学研究所)

Lich su tam ly hoc ung dung o Nhat Ban (日本における応用心理学の歴史)(サトウタツヤ @ 立命館大学文学部)

Mot so hieu biet ve ly thuyet tam ly hoc phat trien o Nhat Ban: Thuyet cac cap do va cac giai doan trong cac thao tac nghich dao trong phat trien nguoi (日本において少し知られた発達心理学の理論 ―人間の発達における可逆的操作の階層と段階の理論―)(荒木穂積 @ 立命館大学大学院応用人間科学研究科)

Tro giup tre va cha me: Kinh nghiem rut ra tu mot trung tam y te cong cong dua vao cong dong (子育ち・子育て支援 ―地域における保健センターでの経験から―)(瀬々倉玉奈 @ 大阪樟蔭女子大学短期大学部)

Uc hiep va ho tro dong dang o Nhat Ban (日本におけるいじめとピアサポート)(戸田有一 @ 大阪教育大学教育学部)

No luc lam giam dinh kien dan toc bang viec su dung phuong phap dan toc chi hoc: Tu quan diem tam ly hoc xa hoi (ビジュアルエスノグラフィーを用いた民族的偏見の緩和の試み ―社会心理学の観点から―)(伊藤哲司 @ 茨城大学人文学部)

Tam ly hoc xa hoi ve "kiem soat tinh than boi giao phai"("Cult minh control") (「カルト・マインド・コントロール」の社会心理学)(西田公昭 @ 静岡県立大学看護学部)

Su hoi sinh cua mot vung nong thon dan cu thua thot o Nhat Ban: Khoi phuc lai nhung gi chung ta da mat trong qua trinh phat trien kinh te (日本における過疎地域の活性化 ―経済成長で失ったものの回復―)(杉万俊夫 @ 京都大学大学院人間・環境学研究科)

Tac dung cua su truyen ba thong tin va su cam ket mang tinh hanh vi doi voi danh gia cua dan chung ve he thong tai su dung rac thai(資源ゴミ分別制度への住民評価に及ぼす情報接触と分別行動の効果)(杉浦淳吉 @ 愛知教育大学教育学部)

Tam ly hoc giao thong: Co che cua tai nan giao thong va cac giai phap phong ngua (交通心理学 ―交通事故のメカニズムと妨害要因の測定―)(谷口俊治 @ 椙山女学園大学文化情報学部)

Tri giac va nhan thuc o nguoi Nhat Ban (日本人の知覚と認知)(山口真美 @ 中央大学文学部)

Nhung cach tiep can tam ly doi voi nhan hoc cong nghe (ergonomics): Nhan dien con nguoi bang cach do dac cac chi so nguoi (日本における人間工学への心理学的アプローチ ―人間の測定による人間の再認知―)(渡邊洋 @ 独立行政法人産業技術総合研究所人間福祉医工学研究部門)

Dich vu cham soc suc khoe tinh than sau tham hoa cho cac nan nhan o Nhat Ban (日本における災害後の被災者に対するメンタルケアの支援)(藤森和美 @ 財団法人聖マリアンナ医学研究所)

Nghien cuu tieu su / cau chuyen cuoc doi trong tam ly hoc (心理学におけるライフヒストリー/ライフストーリー研究)(時津倫子 @ 関東学院大学文学部・明治学院大学心理学部)

Nhung ky uc sai mang tinh tap the: Mot nghien cuu thuc nghiem ve mot vu buoc toi sai (集合的現象としての虚偽記憶:冤罪をめぐる実験的研究)(山本登志哉 @ 共愛学園前橋国際大学国際社会学部・高岡昌子 @ Department of Psychology, Royal Holloway, University of London・脇中洋 @ 花園大学文学部・斎藤憲一郎 @ 立命館大学文学部)

Ung dung tam ly hoc tai Nhat Ban va nhung kinh nghiem cho tam ly hoc Viet Nam (日本における心理学の応用とベトナム心理学界への経験)(Phan thi Mai Huong @ ベトナム社会人文科学国家センター心理学研究所)

Loi ket (おわりに)(伊藤哲司・山本登志哉)


 1992年に私が初めてベトナムに行ったときから2004年現在に至るまでのベトナムとの関わり、またその深まりを綴りました。最初は単なるバックパッカーの一人旅の対象でしかなかったベトナムが、研究者としての私の重要なフィールドになるまでの過程(プロセス)を知っていただけるのではないかと思います。本書は、当初の計画では別の出版社から一般書として出す予定だったのですが、諸事情でそれが破綻し、心理学書としての色合いを若干含めて、北大路書房の「アジアの心理学者 アジアの人々と出会い語らう」というシリーズ第1弾に位置づけられることになりました。自分で撮った写真を多数使いましたが、とくに表紙の体裁が気に入っています。手にとっていただけれ嬉しいです。

伊藤哲司著 『ベトナム 不思議な魅力の人々―アジアの心理学者 アジアの人々と出会い語らう―』 北大路書房 2004年12月 1800円


 ……ここに登場するのは、たまたま私が出会ったベトナムの人々であり、これでベトナム人全体の姿が浮かんでくるわけでもない。また当たり前だが、ベトナムへ行けば同じような魅力的なベトナム人に出会えるという保証ができるわけでもない。しかし読んでいただければ、何か心に残る部分があるのではと思う。それは、私の文章力によるものではなく、それこそがベトナムの人たちの「不思議な魅力」なのだ。
 ベトナムやベトナム人のことをすべて持ち上げて言うつもりはない。率直に言ってベトナムにいると、ベトナム的いい加減さにうんざりすることも少なくないのだ。郵便局などで並ばないのは当たり前。バイクの運転もはっきりいって無茶苦茶で、待ち合わせの時間が守られることのほうがはるかに少ない。ベトナムの偉いさんたちの官僚主義的な対応にうんざりすることもしばしば。「自分たちは貧しいのだから援助してもらって当然」という態度が垣間見えることさえある。
 日本人と顔かたちが概して似ていて、文化的な共通点も大きいだけに、かえって小さなズレが大きな誤解を生むこともあるようだ。
 それでもベトナムの人たちの有様は、私たち日本人が忘れかけている何か大事なものを指し示してくれている。(「はじめに」より)

 本書を書きながら、私にとっての「ベトナム」を再体験することになった。これもまた私にとって、貴重な機会だった。
 あらためてしみじみと感じたのは、人と人とが出会い繋がっていくことの面白さ、それに豊かさと大切さだ。それが、ベトナムと関わり続けてきた私の、揺るぎようのない実感だ。
 ベトナムにしばらく滞在して日本に戻ってくると、「ああ、日本人って、こんな顔をしてたのか」と思うことがある。何かに感情を押し殺されたような疲れた表情……ベトナムではあまり見ない顔である。
 ある年配の日本人男性と話をしたときに、彼は私がベトナムにときおり行っていることを知って、「でもベトナムは、日本に比べたらずいぶん遅れているんでしょうね」と言った。短い会話のなかで、十回ぐらい「遅れている」と彼は繰り返した。そういう感覚は、多くの日本人がいまだに共有しているのだろう。
 しかし「進んでいる」と思っている私たちの社会は、本当に「豊か」なのだろうか。
 サイゴンの調査でアインさんという男性通訳者が、小雨降るサイゴンで私をバイクの後に乗せながら、「日本人は過労死しそうで大変ですね。ベトナム人は自由なんですよ!」と流暢な日本語で叫んだ。妙な説得力があって、私は何も言えなかった。(「ベトナム」を巡る旅は続く……」より)


〈目次〉

はじめに

ベトナムと出会う
  ヴィンロンの市場で
  雨宿り
  シクロドライバー
  旅行会社のお嬢さん
  ベトナムの長い旅が始まった

ヴィンロンの女性ガイド
  ミーハンさんとの出会い
  カウントダウンパーティ
  ベトナム南部四人旅
  家族ぐるみでの再会
  アメリカ渡航の前に

ホアンキエム湖のお茶売り
  ホアンキエム湖の風景
  ギエムさんの仕事
  初めてのハノイで
  ギエムさんにとっての戦争
  いつも変わらずあの場所で

定宿の女性オーナー
  ハノイ旧市街のミニホテル
  プリンスホテルの周辺
  ニンさんの戦争への想い
  娘の三歳の誕生日に
  定宿があるということ

ハノイの路地の雑貨屋
  メンさん一家
  雑貨屋という場所
  テトの日に
  メンさんと娘の再会
  息子も連れてハノイに

露天の市場のタニシ売り
  タインコン市場での買い物
  市場のなかの馴染み
  フオンさんの屋台
  屋台という存在
  「オイ・ゾイ!」

サーカスの女性曲芸師
  ハノイのサーカス見物で
  マイさんの妙技
  二十二歳の誕生日に
  新婚の旦那さんとともに
  お母さんになったマイさん

日本語を学ぶ若者たち
  にわか日本語教師に
  自由履修の教室で
  インタースピーチ大会
  日本語による学生イベント「夜会」
  教え子たちの今

ベトナムのエスペランチストたち
  ハノイのエスペラント教室
  エスペラント語の「先生」になった
  第二回アジア・エスペラント大会へ
  サイゴンのエスペランチストたち
  茨城大学の学生エスペランチストがハノイへ

フエの船上生活の女の子
  古都フエ
  ミーちゃんとの出会い
  フエからの手紙
  やっとの思いで再会
  ミーちゃんの夢

ハンディキャップのある日本語教室の先生
  リエンさんの日本語教室
  日本語教室の生徒たち
  友人たちの支援で二度目の来日へ
  リエンさんからのメール
  末永く日本語教室を

戦争について語る人々
  ベトナム戦争を巡って
  「北」の人々が語る「正義」と「誇り」
  「南」と越僑の人々の語り
  戦後世代の若者たち
  「憶えてられないよ……」

元北ベトナム兵士の作家
  小説『戦争の悲しみ』
  バオ・ニンさん初来日
  ハノイの自宅を訪ねて
  ベトナム語版の再発行
  新たな挑戦へ

フエの元反戦運動家たち
  南ベトナム時代のフエ
  女性の反戦運動家
  クオック・ホック高校とゴー・ハー先生
  チン・コン・ソンの活躍
  「ジョン・レノンは知りません」

「生と死と時間」を描くいのちの画家
  画家ブー・チーさんを訪ねる
  フエのアトリエで
  急逝
  生と死と時間と
  ひとつの時代の終焉

余録:ベトナム社会の鼓動
  変わりゆくベトナム
  外部から見たベトナム像への関心
  ちょっと気になる変化

「ベトナム」を巡る旅は続く……

資料――ベトナム近代小史


 初めて「現代のエスプリ」の編集に関わらせていただきました。今回執筆を依頼した方たちの多くは、もともとベトナムで『日本における心理学の応用とその展開』という本の出版を計画したときに関わっていただいた人たちです(なおそのベトナムでの出版は2005年1月末の予定)。日本の心理学界では、「日本質的心理学会」という学会が2004年に設立されるなど、パラダイム変革が徐々に進行しつつあります。しかし「質的心理学」というやや奇妙なネーミングに違和感を感じるという声も聞きます。いま私たち心理学者に求められているのは、質的データを積極的に扱うかどうかということがその本質ではなく、むしろ学問や象牙の塔に籠もることなく、それぞれの現実に立ち向かい積極的に関わっていくことなのだろうと思います。それは広い意味での臨床の実践ということでもあります。とくに若い心理学関連の研究者や大学院生・学生に読んでほしいと思います。

山本登志哉・伊藤哲司編集 「現実に立ち向かう心理学」『現代のエスプリ 449』 至文堂 2004年12月 1381円


 ポスト近代へ向けて激しく揺れ動く世界の中で、輸入学問を越えた、人間という現象の新たな本質に迫る心理学が求められている。それは私たちが生きる足下の現実との深い実践的な関わりからこそ生み出されるだろう。本号は現実に立ち向かい自ら試行/思考する心理学者たちの姿を提示する。(本号特集の紹介文から)


〈目次〉

■座談会/現実への関わりから再生する心理学 (高木光太郎/山口真美/伊藤哲司/山本 登志哉)

■心理学的手法を用いて現実へ
・安全・便利・快適さに立ち向かう心理学 (渡邊 洋)
・視覚発達障害とよりそう心理学 (山口真美)
・交通事故という現実に立ち向かう心理学―ISAにより凶器的速度行動の制御 (谷口俊治)
・マインド・コントロールとテロの現実に立ち向かう心理学(西田公昭)

■「心の問題」という現実へ
・いじめという現実へ向かう心理学(戸田有一)
・学校への危機介入システム―子どもたちへの心のケア(藤森和美)
・「子育て不安」に関わる三者の「現実」
―保健センターにおける「子育ち・子育て支援」現場から(瀬々倉玉奈)
・障害児の発達という現実に立ち向かう心理学ー発達保障と心理学(荒木穂積)
・現場から『中国帰国者』の現実を知るということ―ライフヒストリー研究のすすめ(時津倫子)

■共同性という現実へ
・地域再生という現実へ―原風景と地域共同体(呉 宣児)
・地域環境問題という現実へ向かう心理学(杉浦淳吉)
・民族対立という現実へ―ビジュアル・エスノグラフィーを用いた偏見緩和の試み(伊藤哲司)
・紛争とテロという現実のなかへ―武装紛争解決のための心理学(伊藤武彦)
・文化間対立という現実へ―構造的ディスコミュニケーション分析(山本登志哉)

■現実から新しい理論展開へ
・教育行政という現実へ (無藤 隆)
・外国人児童生徒教育という現実へ―「アクチュアルな問題」としての多様性をめぐって(高木光太郎)
・冤罪という現実につきあうなかで見えてくるもの(浜田寿美男)
・融合に立ち向かう心理学―学融、セク融、国融と心理学
―モード論・人社プロ・社会技術研究・お小遣い研究チーム・アブダクション(サトウタツヤ)


 2002年度から全国の小中学生に配布された道徳補助教材の「心のノート」についての、批判的活用法を記したものです。とくに小中学校の先生や、子どもを持つ保護者の皆さんに読んでほしいと思います。出版社(高文研)による紹介ページはこちらにあります。

 伊藤哲司著 『心理学者が考えた「心のノート」逆活用法』 高文研 2004年3月 1400円


 「心のノート」が小中学校の現場で熱心に使われはじめたという話は、私はまだ聞いたことがありません。多くはつまみ食い的利用に留まっているようです。しかし、いずれ上の方から利用実態の調査が入り、教師や子どもたちが“自主的”に使うように仕向けてくることでしょう。もうすでにそのような動きがあるとも聞きます。では、小中学校の教師なら、どうすべきでしょうか。
 そのあたりに放置して適当に使った振りをしておくのが正解というものですが、現実問題としては校長や同僚の目もあり、そうもいかないのかもしれません。ならば「心のノート」の意図を逆手にとって、別の使い方を考えてみてはどうでしょうか。たとえば、国家の意図を読み解く格好の教材として……。
 本書では、「心のノート」を単に批判するだけでなく、あえてこれを使って、逆に子どもたちの批判精神を養うテキストとして活用する指針を提示してみたいと思います。(「はじめに」より)

 本書の原稿を書き上げようとしていた2004年2月初旬、宮崎県の高校3年の女子生徒が、自衛隊のイラク派兵反対の約5300人分の署名を集め政府に提出したというニュースが流れてきました。私は彼女の行動に深く感心したのですが、小泉首相はその内容を読みもせず、「自衛隊は平和貢献するんですよ。この世の中、善意の人間だけで成り立っているわけじゃないと。なぜ、警察官が必要か、なぜ軍隊が必要かと各国ね。生徒さんにも、なかなか国際政治、複雑だなあという点を、先生がもっと生徒に教えるべきですね」(東京新聞2004年2月7日)と記者団に答えたそうです。
 また彼は、「日教組の中には(派遣は)憲法違反だとデモしている人もいる。政治活動に精を出すよりも、生徒の教育に精を出していただきたい」とも2月5日の参院イラク復興支援特別委で述べたと伝えられています。「政府のやることには生徒も先生も批判するな」という本音が透けてみえます。それがまさに、「心のノート」の“心”です。(「おわりに」より)

〈目次〉

はじめに
  「心の時代」の時代性
  「心のノート」の登場
  「心のノート」の基本的構成
  カウンセリングとの共通点
  子どもたちへの影響は?
  「心のノート」をどう“活用”するか

「こころのノート」 小学校1・2年
「心のノート」 小学校3・4年
「心のノート」 小学校5・6年
「心のノート」 中学校

おわりに


 ベトナムで初めて出版した本ということになりました。「まえがき」はベトナム語・日本語併記ですが、あとは全編ベトナム語です。本文は、下記の『ハノイの路地のエスノグラフィー』(ナカニシヤ出版)にほとんど寄っていて、それを友人のベトナム人が翻訳風馬執筆に全面協力してくれました。『ハノイの路地……』よりも写真がはるかにたくさん含まれているので、ベトナム語が読めなくても楽しんでいただけるかと思います。なお残念ながら、日本では通常手に入りません。ベトナムでも品切れ状態です。どうしても入手ご希望であれば、直接筆者までお問い合わせください。

ITO Tetsuji 『Ngo Pho Ha Noi : Nhung Kham Pha』 (日本語タイトル『ハノイの路地 ―その探索―』) Hanoi : Nha Xuat Ban Hoi Nha Van(作家会出版社) 2004年1月 30000ドン(約210円)


 ここに書かれていることは、ベトナムの人たちから見たらあたりまえであること、言われなくても自明であることがたくさんあるに違いありません。あるいは「それは違う」と感じることがあるかもしれません。しかし文化という不思議なものは、普段は空気のように気にかけることがなく、それゆえにそれにどっぷり浸っている人がかえって気づかないものでもあります。
 この本の描写は、ハノイの路地で生活する人々の生活世界(=路地文化)を一人の外国人研究者がどのように見たのか、どのように感じたのかを識る手がかりとなるでしょう。それによってベトナムの人たちが、自分たちの生活世界をあらためて捉えかえすきっかけとしてもらえるなら嬉しいと思います。
 (中略)私はベトナムが好きです。あの過酷な戦争を経験しながら(いや経験したがゆえにと言うべきか)、たくましく生きているベトナムの人々が好きです。美味しいベトナム料理をいただきながら、ビアホイや酒を飲むのも好きです。美しいアオザイ姿の女性に出会って、ちょっと気持ちを引かれるのも、また嬉しいことです。私は、つくづくベトナムに縁があるのでしょう。だって私の誕生日は5月19日(ホーおじさんと同じ)なのですから!
 (中略)なおこの本は、ハノイ国家大学日本語学部で講師を務めるLe Vinh PhuさんとNguyen Thanh Vanさんの翻訳協力がなければ、とうてい出版できないものでした。よき友人でもある2人には、心から感謝しています。また、本文で登場するメンさん一家をはじめ、ベトナムでいつも私を楽しませてくれる多くのベトナムの友人のみなさん、いつも本当にありがとう! これからもどうぞよろしくお願いします。(「まえがき」より)


〈目次〉

T.Phan mo dau - Quang canh ngo pho

U.Ha Noi - thu do cua Viet Nam

V.Nghien cuu thuc te - Phan mot
 1.Tim nha
 2.Tham nhap vao ngo pho
 3.Gia dinh chi Men
 4.Trong va ngoai cua hang
 5.Quan an sang
 6.Ngo pho va ket cau nha

W.Nghien cuu thuc te - Phan hai
 1.Tan co giao duyen
 2.Cai nhau trong ngo pho
 3.Nhat than nhi quen
 4.Ngo pho - mot xa hoi thu nho
 5.Nhung yeu to pha hoai van hoa ngo
 6.Roi xa ngo pho than thuong

X.Nguoi Ha Noi - Su hap dan ky la
 1.Dai tu nhan xung trong tieng Viet
 2.Lau ca hay chan that?
 3.Nen van hoa chua dung nhieu yeu to xue xoa
 4.Nghe go dau tre
 5.Nhung moi quan he xung quanh nguoi Ha Noi
 6."Van hoa mo" va "van hoa khep

Y.Tham lai Ha Noi
 1.Tam biet Ha Noi - mot cu soc lon
 2.Lai buoc tren duong pho Ha Noi
 3.Tham gia cuoc thi hung bien Nhat - Viet

Z.Loi ket

(*目次内容は『ハノイの路地の……』のそれとほぼ同じです。)


 紹介が遅れましたが、編著書として2001年に出版した本です。心理学研究もここ10年ぐらいで大きくパラダイムが変わりつつあるのですが、「実験室」に飽き足らなくなった若手・中堅心理学者たち19人が、それぞれのフィールド研究について語った本です。フィールドワーカーの佐藤郁哉さん(一橋大学)にも、ご著書のなかで「実験室を飛び出した心理学者たち」として紹介していただきました。出版までの紆余曲折は、具体的なフィールドを対象とする研究の発表に示唆的な部分があり、最終章にそのこともまとめてあります。

尾見康博・伊藤哲司編著 『心理学におけるフィールド研究の現場』 北大路書房 2001年10月 2800円


 フィールド研究と一言でいっても、その実験者の依って立つ方法論は一枚岩ではない。本書の企画は、東京都の離島である小笠原でのフィールド研究を実践している尾見がまず発想し、その尾見が、ベトナムの首都ハノイでのフィールド研究を実践している伊藤に声をかけて始まった。大学や研究所といった場から外へ出て行う研究をフィールド研究と規定したのは、尾見のアイディアである。伊藤は、本書のなかではそのアイディアを尊重しつつも、やまだようこが定義するように、「複雑多岐の要因が連関する全体的・統合的場」と考えられるフィールド(やまだの用語では「現場(フィールド)」)は、それこそ実験室のなかにさえ見いだせると考えている。それに対して尾見は、実験しのなかにもフィールドがあると言いながら、『現場(フィールド)心理学の発想』(新曜社)で「実験室に籠もっていたりしないで、現場に一歩足を踏み出してみることをお勧めしたい」と呼びかけるのは混乱があると指摘する。伊藤にすれば、実験室もフィールド足り得るが、しかしよりフィールドらしい特徴がつかみやすいのが「外」ということになる。
 このような方法論的立場の微妙な違いは、これからも議論されてしかるべきであろう。編者以外の本書の執筆者たちも、それぞれやや異なる方法論的立場に立脚して、フィールド研究を実践している。
 (中略)フィールド研究はおもしろい。そのおもしろさを実感してもらうためには、まずは一度フィールドに出てもらうしかない。
 みなさんもどうぞ、フィールド研究を実践する私たちの仲間に加わってください。(「あとがき」より)


〈目次〉

まえがき

PartT フィールド研究とは何か
 1章 フィールドワーク,現場(フィールド)心理学,フィールド研究(尾見康博)
 2章 フィールド研究のプロセス(サトウタツヤ)

PartU フィールド研究の現場
 〈家族というフィールド〉
   3章 母子のやりとりを観る(岡本依子)
   4章 父親たちのいるところ(菅野幸恵)
   5章 家族関係のダイナミズムを観る(菅原ますみ)
 〈学校というフィールド〉
   6章 通園したから見えること(高坂聡)
   7章 ぼくが小学校に通うわけ――つくるために知る(奈須正裕)
   8章 スクールカウンセリングと研究(伊藤亜矢子)
 〈福祉というフィールド〉
   9章 高齢者〈介護〉の情報――地域をたずねる(川野健治)
   10章 「障害」をもつ人たちへのアプローチ(能智正博)
   11章 被災者のメンタルヘルス(藤森和美)
 〈地域というフィールド〉
   12章 語りの風景をひらく――戦中期ダバオ移民の体験を聞く(石井宏典)
   13章 過疎地域の活性化――鳥取県智頭町における人間科学のフィールドワーク(河原利和)
   14章 駅前商店街のごみ捨て――首都圏中都市でのフィールド実験(高橋直)
 〈社会現象というフィールド〉
   15章 ロックバンド「聖飢魔U」のファン(山田希)
   16章 「マインド・コントロール」現象(西田公昭)
   17章 トゥルカナといっしょにすごすこと――フィールドワークを支える最小・最大限の前提(作道信介)

PartV 反省的思考と展望
  18章 フィールド研究の倫理(文野洋)
  19章 心理学者にとってのフィールド研究(伊藤哲司)
  20章 フィールド研究と出版(伊藤哲司・尾見康博)

あとがき


 2冊目の単著となる本を出版しました。1998年から1999年にかけてのハノイ滞在でのフィールドワークを中心に、ハノイの路地文化に注目し、家族ともに関わったなかで識ったハノイの人々の生活世界を、私なりに表現してみたものです。自分で撮った写真も多数使用。私にとってのベトナム研究の第一歩です。手に取っていただければ嬉しいです。

伊藤哲司著 『ハノイの路地のエスノグラフィー―関わりながら識る異文化の生活世界―』 ナカニシヤ出版 2001年2月 4500円


 在外研究に行くときには必ず家族を連れていこうと思っていた。中国に1年間の留学経験のある妻は、すぐに喜んで同意してくれた。やや心配だったのは、まだ2歳になったばかりの娘のことであった。ベトナムでの生活経験のある知人は、「いまのベトナムなら医療もまあ大丈夫だろう」と言ってはくれたのだが、もし万が一のことがあってはと、娘の健康のことを一番心配した。それに子どもを連れていって毎日一緒だったとしたら、自分の研究などできるのだろうか……。
 しかし娘の存在は、私の研究にとってこの上なく大きなものとなったのである。日本語さえまだろくに話さない娘にとって、ベトナム語ができるかどうかは、たいした問題ではない。それにハノイの人々にとっても、子どもはやはり魅力的である。すぐに声をかけ、抱き上げ、キスをしたりする。ベトナム語がわからなくてウロウロしている私は、その娘のそばにいて、どうにかこうにかハノイの人々とも一緒にいられるようになっていった。娘は、私とハノイの人々を結びつける強力な「媒介者」となってくれたのであった。
(中略)
 そんな家族同伴のフィールドワークが、それゆえに有益なものとなりうることを、まずは強調しておきたいと思う。異文化のフィールドワークは、何か「異文化」という客観的な存在を汲み取ってくるというのではなくて、常に生成消滅する文化という動的な構成物を、自分自身もそのなかの一要素となりながら、身体で識るという営みである。そこに単身で乗りこむのか、それとも家族同伴であるのかということの違いは大きい。もし私一人でのフィールドワークであったなら、こんなにも豊かな関係をハノイの人々と築けなかったと思うし、またその成果もかなり違ったものとなっていただろう。(p. 16〜18)


〈目次〉

1.はじめに 路地の風景のなかで

2.ベトナムの首都ハノイというところ

3.フィールドワーク・前半 1998年5月〜1999年9月
 1 家さがし
 2 路地への参加
 3 メンさん一家
 4 商店の内外
 5 朝食の店
 6 路地と家の構造

4.フィールドワーク・後半 1998年10月〜2000年2月
 1 新旧の共存
 2 路地での喧嘩
 3 馴染みの構造
 4 地域社会としての路地
 5 路地文化を壊すもの
 6 住み慣れた路地を離れる

5.ハノイの人々 その不思議な魅力
 1 ベトナム語の人称代名詞
 2 ずるいのか正直なのか
 3 真面目なのかいい加減なのか
 4 先生という仕事
 5 ハノイの人々と「世間」
 6 「開いた文化」と「閉じた文化」

6.ハノイ再訪 1999年3月〜
 1 帰国をして――逆カルチャーショック
 2 再びハノイの路地へ(1999年8月)
 3 日越インタースピーチ大会に参加(2000年4月)

7.心理学研究者がフィールドワークをするということ
 1 フィールドワークをする意味
 2 「生活すること」と「研究すること」
 3 フィールドワークの表現

参考文献
あとがき


 私にとっては初めての単著で、心理学のテキストらしくない心理学テキストです。大学の授業で使うつもりで書いたものですが、高校生から大人まで、読み物として楽しんでもらえるものと思います。たくさん出回る本ではないので、本屋さん等で注文していただけると、入手しやすいでしょう。手にとってご笑覧いだけると嬉しいです。(2005年4月に『改訂版・常識を疑ってみる心理学―「世界」を変える知の冒険―』を出版しました。)

伊藤哲司著 『常識を疑ってみる心理学―モノの見方のパラダイム変革―』 北樹出版 2000年10月 2200円


 こういうものだと思い込んでしまっている事柄、それを私たちは常識と呼びますが、常識だと思い込んでしまうと、モノの見方が硬直し、多面的な見方ができなくなっていくようです。その結果、他の人を不当に偏見の目で見たりすることになってしまうかもしれません。
 この本では、こうした硬直化しがちな私たちの常識を疑ってみる試みをしたいと思います。そのうえで心理学の知識も活かしながら、私たちが当然と思い込んでいる見方にも、別の見方もあることを一緒に考えてみましょう。常識を解体した向こう側に、私たちの社会を覆っている閉塞感を打ち破る何かが見つかるかもしれません。
 提示した問題群は、私の関心事からとっていますから、自ずと偏りがあります。また、私自身のモノの見方が押し出されている部分も多々ありますが、それを読者のみなさんに押しつけるのが狙いではありません。これらの問題群を例として考えてみることで、多様なモノの見方をする力量を培うきっかけとすることができるのではないかと思います。
 「こんな見方もあったのか!」という知的興奮の旅へ、あなたをお誘いします。モノの見方のパラダイム変換に向けて、さあ出発しましょう!(「まえがき」より)


〈目次〉

はじめに ―常識を疑ってみよう―

1.情報の常識
 1-1.「ためしてガッテン」して大丈夫?
    ―わかるということ、納得するということ―
 1-2.私は自分で判断している?
    ―マスコミが作り出す社会的現実―
 1-3.人の話は信用してはいけない?
    ―記録や記憶にどう向かい合うか―
 1-4.私はマインドコントロールされない?
    ―影響されやすい心―

2.国際化の常識
 2-1.英語は国際語?
    ―世界の人々と何語で話すか―
 2-2.アメリカ人はかっこいい?
    ―誰にとっても無縁ではない偏見・差別―
 2-3.国家は守って当然?
    ―立場によって見え方は異なる―
 2-4.地図はいつも北が上?
    ―描かれた地図に表れる事柄―

3.科学の常識
 3-1.超能力なんてない?
    ―科学者たちが描ききれない世界―
 3-2.占いはあてにならない?
    ―思いがけない占いの効用―
 3-3.宗教はいらない?
    ―私たちの死生観を支えるもの―
 3-4.科学的知識は普遍的?
    ―フィールドワークの知の冒険―

4.心理学の常識
 4-1.血液型によって性格は違う?
    ―性格とはいったい何だろう―
 4-2.IQ190は頭がいい?
    ―数字の一人歩きは許さない―
 4-3.生きにくいのは親のせい?
    ―トラウマ理論の功罪―
 4-4.心理学を学ぶと心が読める?
    ―でもやっぱり心理学は面白い―

おわりに―自分を耕してみよう?―


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